第 4 話 レイ・ミマ

その神々しい存在感は、彼、レイの生い立ちをそのまま形にしたようなものだ
った。彼は、代々引き継がれた神主の家系で、その先祖は地球の『ニホン』と
いう国にあるらしい。宇宙移民としてサイド3の一つ、21番地コロニーに移
住した彼の祖父は、そこで『ジンジャ』なるものを建立し、神慮を説いていた。
すなわち、信仰宗教の類である。
信徒は瞬く間にコロニー全住民に至り、彼の祖父はこのコロニーの実質的な指
導者におさまった。このころ、宇宙では様々な信仰宗教が存在した。しかし、
どれも旧世紀の原始宗教程の威厳を持ったものは無く、それによる民族紛争な
ど起こる事もなかった。それは、人類が地球の重力を離れ、宇宙に生きる場所
を確立した時点で、『神』の存在すべては、『無』に帰されたといえる。しか
し、少なからずも人々の中には『神仏』の存在を忘れることの出来ない者達も
いた。彼の父、アキラ・ミマは、シャア・アズナブルの実父ジオン・ズム・ダ
イクン等と共にコントリズムを提唱し、実践した人物である。コントリズムの
根本は、モヨケイツー(宇宙の真理)からなっている。そして、それがいつし
か信仰の対象になった。そしてジオン共和国が生まれるわけだが、ジオン・ズ
ム・ダイクンの死により、ダイクンの側近であるデギン・ソド・ザビが時期首
相になる。ザビは、自らの独裁政治の為、公王制を敷いてジオン公国と名乗る。
公王制にとって他の思想、いわゆるコントリズムは必要なく、闇に葬り去られ
ることになる。しかし、まもなくしてコントリズムを主張する組織の反発が起
こり、それに脅威を感じたザビ公王は、コントリズムを亡きジオン首相の名か
ら捩り、ジオニズムと変名し、そのころ家臣と転身していたアキラ・ミマに存
続させるよう命令した。そして彼の出身地21番地コロニーにジオニズムを母
体とする組織の本部が置かれる事になった。しかし、それはあくまでも信仰の
対象『モヨケイツーの剣』を祀る『ジンジャ』ではなく、『テラ』と呼称させ
られた。
しかし、この『モヨケイツーの剣』が、あの忌まわしき一年戦争を引き起こす
元凶になったとは、人々の知るところではない。それからまもなくして、祖父、
父は亡くなり跡継ぎのレイが、テラの『ジュウショク』になる。
パンドラの医務室では、治療をするレイとシャアが居た。レイは医者の心得も
ある。

「大佐、これは縫い合わさないといけませんね。これだけ出血していたのに……。
気丈な」

「いや、気を失いかけていたよ。イリアが来なければな」

「イリアの前では見せることが出来ないですか」

話ながらノーマル・スーツの袖を切り落とすレイにシャアは苦笑した。
この傷は、先程の三つ巴の戦いの際、白兵戦にて負った銃傷である。その経緯
はレイに話した。幸い銃弾は、腕の肉を抉り取っただけですんだが、ここだけ
の話、その銃傷の加害者、張本人のパプティマス・シロッコは間違いなく心臓
を狙っていた、撃ち抜く自信もあった。しかし、彼シロッコの性格が、わぞと
そうしなかったのである。それはシロッコ以外には解らない。

――大佐は守られている。

レイは思った。微かにだが、シャアの心臓に突き刺さっていた殺気が感じられ
た。それは、レイにしか感じ取ることの出来ない神秘的な力である。

「うっ! 痛っ! 痛っ!」

シャアがノーマル・スーツを脱ごうとして声を漏らした。人間、緊張が解れる
と弱音を吐くらしい。

「肩の方も切りましょう。そのままでは、脱ぐのは無理ですね」

「ああ、すまない」

レイは、鮮やかな手つきでノーマル・スーツの肩部分をハサミで切り終えると、
すべてを見透かしているかのように話し出した。

「なぜ、心を開かなかったのですか、素直になればよかったものを……。自
尊心がそうさせましたか」

「ハマーンにか?」

「…………」

治療を続けながらレイは自分の言葉を悔やんだ。シャアへ要らぬ問い掛けをし
てしまったことに、しかし今更どうしようもない。

「誰にというわけでは、ありません」

「……」

シャアには解っている。ハマーンと対峙した時、シャアは先に拳銃を捨ててい
た。ハマーンに心を開く覚悟があった。しかし、シロッコの出現により、自尊
心を守ろうとする子供じみた自分自身の行動をレイは言っているのだと。
二人の間にしばらく沈黙が続いた。
レイは治療の手を休めることはない。
シャアは瞳を閉じ、心の中で、自問自答を繰り返しているようだった。
治療を終えたレイが、口火を切った。

「それを改めない限り、大佐は永遠に苦しむことになります」

「そうだな……」

シャアは、天井の照明がひどく眩しく見えた。そして、深く溜息を吐いた。
レイは、それ以上言わずにシャアの左腕、包帯の巻かれた傷口を優しくさする
と、治療室を後にするのだった。
PREV BACK NEXT