Happening in the Morning

午前11時位だろうか、バルコニーから注ぐ陽射しは眩しい。昨夜ホテルのB
ARで飲み過ぎ、二日酔い気味のジオン軍将校二人が、部屋のシャワーを交代
で浴びているところだった。
先にシャワーを浴び終わったドレン・クロイツナッハは、昨夜の酒では物足ら
ないのか備え付けの冷蔵庫から缶ビールを取り出して右手のそれを高々と口元
に持っていくと喉をグビグビ鳴らしながら天を仰ぐ格好で飲み干してしまった。
そして再び缶ビールを冷蔵庫から取り出した。胸毛の生えた上半身を露わにト
ランクス一丁の中年太りのその姿は見れたものではない。

『プルルルー プルルルー』

ビールを飲むドレンの傍らの電話機が鳴った。
ビールをテーブルに置きバスローブを羽織ながら受話器に手を掛ける。

「はい?」

『シャア少佐居ますか?』

元気いっぱいの少女の声がドレンの鼓膜に響いた。

「あ〜ん? 誰だ?」

音量が大きかったのかドレンは受話器を耳元から遠ざけながら呟いた。

「もしもし?」

『あっ、ドレン? シャア少佐は?』

「……? おお、スピカか、なんだ?」

『シャア少佐は?』

「ああ、今シャワーを浴びているぞ」

『もう終わりそうかな?』

「いや、あの人は長風呂だからな〜」

『そうか。じゃあ、ドレンでいいよ。写真を撮って欲しいんだ、今すぐに部屋
に来てよ。ダメかな?』

「写真? 何のだ?」

『僕達オシャレしてるんだ。今夜のディナーに着て行く時のドレスだよ。だか
ら記念にさ、思い出に撮ってほしいんだ』

「おお、構わんが」

『なら、早く来てよ』

「ああ、よっしゃ。すぐ行く」

受話器で話すドレンの顔は緩みまくっているようだ。若い女性の部屋に入るな
ど滅多にないことだ。何も無いのは当然の事ではあるが男子たるものなぜか胸
躍るのである。
そこへ、丁度シャワーを終えたシャア・アズナブルが全裸でバスルームから出
てきたところだった。

「ドレン、どうした、誰からだ?」

「スピカですよ。なにか写真を撮って欲しいそうです。部屋に来てくれって頼
まれまして」

「ふ〜ん」

とシャアは興味がなさそうに、乾いたバスタオルで頭を拭きながら素っ気無く
返事をした。下半身丸出しで冷蔵庫の前に立ち腰に手を当てそこから取り出し
たミネラルウォーターを飲み干すとその場にでしゃがみこんだ。まだ酔ってい
るのだろうか。
そんなシャアを尻目に、ドレンはカーキー色のショートパンツにカラフルなア
ロハシャツを羽織ると胸のボタンも止めやらぬまま部屋を小走りに出て行った。
シャアは事の自体を把握出来ていないようである。濡れたバスタオルをソファ
ーの上に投げるとヨタヨタとベッドに歩いて行き、そのまま全裸で横たわった。

「あ〜、しんどい……」

一言呟くと、そのまま意識を失っていった。

ドレン達とスピカの部屋は同フロアーに隣り合わせにある。ドレンとシャア、
スピカはミンメイと同室で二つの部屋に昨夜からチェックインし明後日まで宿
泊する事になっている。ドレン達はミンメイの護衛を兼ねての任務ではあるが、
ドレンとシャア、そしてスピカにとっては休暇みたいなものである。これもシ
ャアの親友である地球方面軍指令ガルマ・ザビ大佐の心遣いであった。

スピカの部屋の前には、リン・ミンメイ嬢の護衛の為に二人のガードマンが居
た。ガードマンというには程遠い格好の銃を携えた軍人がドアの両脇に居る。
その向こうにあるエレベーター前にも二人いる。

「ものものしいな」

とドレンは我に返りかけた。
昨夜からこのフロアーと下の階に彼ら以外の宿泊客は居ない。ちなみにこのフ
ロアーは最上階にある。
護衛の軍人に挨拶をするドレン。

「御苦労」

「はっ!」

護衛の軍人はドレンに敬礼をする。が職務質問は怠らない。

「ドレン中尉殿、何の用でありましょうか?」

ドレンは威厳を出しつつ答える。

「ああ、スピカ少尉の呼び出しによるものだ。部屋へ入るぞ。」

「しかし、シャア少佐の許可なしでは」

「シャア少佐には了承済みだ」

「はっ! 失礼致しました。ですが用件のほうも伺いたく存じます」

「ああ、あの、その、お、おめかし……しているので写真を撮りに来たのだ」

なんとなく邪な自分に可笑しくなりながらも護衛の軍人に本当の事を話してし
まった。

「はあ? おめかし?」

護衛の軍人は聞き返した。

「うるさい! スピカ少尉に呼ばれたんだ!」

とドレンは護衛の軍人にアゴで追い払う仕草をした。

「はあ〜」

と言いながらその護衛ともう一人は、僅かばかりの距離だが遠のいた。
ドレンは気を取り直して、服装の乱れを整えながら指先を震わせた。

『リーン、リーン』

とスピカの部屋のベルが鳴る。
その音に合わせて小声で呟くドレン。

「リーン、リ〜ン、ミーンメーイ」

冗談を呟くあたりドレンはかなり浮かれている様である。

「あっ、チャイム」

部屋の中のスピカはそう言うと待ってましたと言わんばかりにドアに駆け寄っ
た。

「誰〜?」

スピカは言いながらドアのレンズも覗かないうちに、ドアのノブに手を掛けた。
ドアの向こうに居る人間の上ずった声が聞こえる。

「ドレンちゃんで〜す」

滑稽以外のなにものでもない。

『ガチャ』

と重たい扉が開けられた。

「おお〜!」

ドレンは思わず叫んでしまった。
そこには、マリンブルーの鮮やかなワンピースを着たスピカ・スカイユ少尉が
いた。
目を丸くしているドレンにスピカがウインクを投げかけた。

「ふふふふ、どう? かわいい?」

スピカが少女特有の甘えた声でドレンに問いかけた。

「おお、かわいい」

本音丸出しである。情けないがコレが男の性なのだろう。
調子に乗ったスピカも部屋の外に突っ立ているドレンの腕に手を回すと部屋の
中に誘い込んだ。
スピカの若く張りのある豊満な乳房にドレンは自分の肉体が接触していること
を感じるあまり極度の緊張のせいで足を縺らせた。

――ドスン!

転んだのである。
それもスピカもろとも。
大きな音に、寝室に居たリン・ミンメイはすぐさまリビングに駆け寄って来た。

「どうしたの!?」

ミンメイは床に寝転がった二人を見てびっくりした。

「スピカ! 大丈夫?」

「あっ、僕は大丈夫、大丈夫」

「ちょっと! スピカ! スカート!」

ミンメイは、顔を赤らめてスピカに言った。

「何? イタいな〜もう! バカドレン!」

スピカは言うと同時に自分のワンピースの裾が乱れてしまっている事、そして
ドレン中尉の鼻の下が伸びきった顔、そのスケベ顔の視線が自分の下半身に集
中していることに気づき、反射的にドレンの顔面に蹴りをいれてしまった。

「ぐほっ!」

「あっ!」

「キャッ! スピカ!」

アクション宜しく、ハリウッド映画のワイヤーアクション並に、ドレンは体を
ねじらせながら後方に飛ばされドアに頭をぶつけた。

「ごめん! ドレン!」

スピカは裾を正しながら、申し訳なさそうにドレンに謝る。

「ほんとにごめん。ドレン、ドレン、大丈夫?」

ドレンは恥ずかしそうに言う。

「……ああ。……すいませんでした……」

部屋の外に居た護衛の二人も異音に気づいて、あわてて部屋のドアを叩いた。

「何事ですか!?」

ミンメイがすぐさまドレンを跨いでドアを開けざま対応した。

「何でもないです、大丈夫です。あの、二人が転んで、あの大丈夫です」

納得したもののドアの向こうにしゃがみこんでいる二人を不思議そうに見なが
ら護衛の二人は訝しげにドアを閉じたのだった。
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